南瓜と夕顔
南瓜の花盛りだ。大きな花に引き込まれそうな濃い黄色が素晴らしい魅力。
今年は苗を貰ったので、空いた畑の隅に今までになくたくさん植えた。
夕顔の方は、小さくて地味な花だが、南瓜に数日遅れて実をつけた。新しい実を見つけたり、一日ごとに大きく育つ姿を見るのは楽しいものだ。
今日は雨の前に、玉蜀黍にカラス対策・・紐を廻らした。
先日は、鯉の餌の袋・・何kg入りか? 以前にもカラスにいたずらされたので隠していたはずが、発見され早朝につつかれ破られ散らかされる被害を受けたばかり。
お隣りのハウスの中の玉蜀黍は、毛が黒くなってそろそろと思っていたら・・昨日カラスにやられてしまったと、ノッコが見てきての話。誰と話してもカラスの被害話は尽きないものだ。
花摘み
花が散る前に摘んでしまうのだ。遅れてしまうと地面に散乱した花びらを拾い集めるのが大変だ。 だから、ちょっと早いかなと思いつつ、思い切って摘むようにしている。
撫子は、5・60cmに成長し数十個の花をつけている。 去年、たった一輪を戸塚森の道路わきで見つけて、我が家に移植したもの。
そして、池に引いた水の蛇口を開いてから、畑に向かう。
南瓜と西瓜が花盛りだ。この西瓜は小玉の赤、直径10数cmで、先頭を走っている私の期待の星。 朝早いと、雌しべも雄しべも 濡れていて交配もうまくいかないようだ。
そのうち続々と後に続いて30個以上は収穫できるはず。 烏対策として数日前に、畑の中や周囲に糸を張り巡らして万全だ。
他の野菜たちにも声をかけるうちに、「ご飯だよ~」 の声がかかって、剪定鋏・手袋等を片付けたりの後始末後、手を洗ったりしてやっと家に入る。 時間は、60分以上~以下といろいろ。
朝仕事
25日の日報夕刊の「交差点」は、今はほとんど使われなくなった言葉(ワッパガ)・・・じつに微妙な含みを持った言葉であり、死語にするのはもったいない。・・と言う内容だった。 (ワッパガにしよう) (ワッパガがきまった)の例が出ていて、納得いくものだった。
ただ、ワッパガとは、(割り量・割りハカ)のことだろうと思ってきたが、これは自分の一人合点だったのか?
田植の時に、一人が植える範囲をハカと言って、1ハカは4列だったと思う。一斉に植え始めるのだから隣りの人に遅れないようにと必死に頑張る人もいたはず。
国語辞典によると、ハカは、(仕事の分担範囲・目当て・仕事などの進み具合)とある。 だから、(ハカがいく) (ハカどる) などは関連する言葉
近所では、(ワッパガ仕事)・・仕事の質は問わず、時間だけかけた粗末な仕事・・として嫌われる。
庭木等の枝葉落し・刈り込みは一応終えて、何箇所かに集めていた枝・葉・草等を早朝に燃やした。時節柄あまり盛大に燃やすのははばかられるし、短時間のワッパガ仕事とはいかずにハガイガネェのす。
畑から
朝から強い日差しの戸塚森の空。昨日に続いて今日も真夏日だ。 畑には出ないことにした。
畑からの農産物で今まで自家消費したのは、春菊・ビタミン菜のほかに・・・
大根はよくできたが、直ぐに花が咲いてしまい、「古い種でもないのに・・」などと話したりしたが、新堀の他所の家々でも同じこととかで、「今年は変な年だ」とはよく聞く。花が咲いても柔らかく食べられるのが幸いだが。
ジャガイモはまだ花が咲いているが、試しに掘ったら充分に大きくなっていて既に我が家の食卓に登場している。 ノッコが玄関に飾ったトマト状のものは、・・時にジャガイモのツルの先にできるもの。今年は特に多く見る。
ナスはただ1度、昨日4本の初収穫。今までになく、ワラを敷いてやったりしたので・・ナスも驚いているかも・・ハウスで栽培している近所の農家の知人からたくさん貰ったのは10日以上前だったか。JAに出荷している専業農家だ。
サヤエンドウ。採り始めて1週間ぐらいになった。ノッコが呼んだらしい○子さんが夕方来て、大根・ジャガイモ等をあげた。私はスコップで掘る係り、喜んでもらったので作った甲斐があるというものだ。
ついでに、我が家の野菜は完全無農薬。農薬はバラの病害虫専門なのだ。
近所の農家は、今キャベツの収穫も終わりの時期。「代金はいらない。好きなだけ持っていって」ということで、前述の○子さんは100円で9個のキャベツを買って来たが青虫いっぱいだったとか、○○さんは(規格外か何か)出荷できなく、畑で潰していた(トラクターで)とか、収穫前の○日間は農薬の使用ができないので苦労するとか、Mさんの病気の原因は野菜の農薬散布の不注意だとか・・悩みは多様だ。
[百万点教室]
クジャクサボテンの赤が咲いた。時間を追って撮ったらきっとおもしろいだろう。
今日は3回目の「百万点教室」に参加してきた。2月~5月のリハビリが終了し、引き続き希望者が参加し軽運動をする教室。7月まで全部で5回。名前の由来は?
花巻保健センターで、講師先生に教わっての1時間半ほど。 ほとんどが椅子に腰掛けての運動だが、次々と間をおかずに進むので結構緊張が続くし、中には頭の体操的なもの・・右手で右の腿を叩きながら左手で左腿を撫で、次にその逆・・右は撫でて、左は叩く。その切り替えが難しい。その後いくつかの運動を組み合わせて音楽に合わせてのまとめも楽しい。
会場の運動指導室は、全面が総鏡。だが他人の姿に見とれている暇はない。テンポよく進める先生について体を動かしてきた。
「家に帰ってからも、やってくださいよ」と言われるが、残念ながら思い出せないし、一人ではやる気が起きない。次回は録音してこようかな。先生の声や音楽で雰囲気ややったことを思いだせるかもしれない。
「おくりびと」
クジャクサボテンが大きな花を開いた。蕾が徐々にふくらんでくる様子がすばらしい。赤色のは明日にでも咲きそうだ。
12日に、映画「おくりびと」を見てきた。花巻には映画館がないが、婦人団体が主催し老人クラブ他の後援しての映画会だった。 満席だったから、1200ぐらいは入ったのだろうが、男性は10人に1人ぐらい。
今まで、我が家・分家。親類等ずい分と納棺の場にも立ち会ったが、あれはもう50年以上も昔のことだろうか。
当時、納棺のために死装束に着替えさせるのは、家族か親類の誰かと思う。・・・その時に遺体のあられもない姿を見てしまい、ひどくショックを受け暗い気持になった事を思いだす。
ノッコの実家、釜石での納棺では、逆さ屏風を廻らして見えないようにし、身内の数人だけで行う、極めて厳粛なものだ。
葬儀屋を頼むようになったのは昭和40年代半ばだったろうか。今は多くが病院で死を迎える人が多くなり、専門家が納棺をするのが一般的になった。
映画の内容よりも、時代とともに変化してきた納棺について思い出し考えさせられた。 一緒に映画を見たのは遠からずの「おくられびと」達。 ほっとした安堵感のようなものを感じたのかもしれない。














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